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ピアニスト後藤・イシュトヴァン・宏一「21世紀型ピアノレッスン」

師匠 Gyula Kiss(ジュラ・キシュ)プロフィール

Gyula Kiss(ジュラ・キシュ)
ハンガリー政府より、フランツ・リスト賞を授与された、ピアニスト・ジュラ・キシュは、1944年ハンガリー ブダペスト生まれ。6歳からプロとして演奏活動に入った天才である。

ジュラ・キシュは1966年、ハンガリーのリスト・バルトークインターナショナルコンペティションに入賞し脚光を浴びる。また、ハンガリーテレビ・ラジオコンクールで1位を得る。1967年、1968年、イタリアのタオミナに於けるCISM国際ピアノコンクールに於いて、1位、グランプリを受賞する。
この年リスボンにて、国際ヤングピアニストフェデレイションの招待演奏を行い大成功を収めた。その後、ジュラ・キシュはハンガリーの最も期待するピアニストとして、ハンガリーの主要オーケストラと共演し、テレビ、ラジオ、そして、レコーディングと精力的に活動を始める。

1970年前半は、オーストリア、イタリア、フランス、ギリシア、(アテネフェスティバル)、スペイン(グラナドェスティバル)、西ドイツ等の国々においてコンサート活動をする。1973年、ハンガリー国立交響楽団のソリストとして、カナダ、アメリカ、(カーネギーホールのリサイタルを含む)で演奏を行う。1974年、オーストラリア・オペラハウス、シンガポール、日本においてコンサートツアーを行う。1975年から1985年は、客演奏者として、ソビエト(現ロシア)、ブルガリア、ポーランド、ルーマニア、東ドイツ、イギリス、オランダ、etc...で演奏を行う。1985年から1988年は、武蔵野音楽大学において客員教授として来日する。1989年から現在において、各国の主要オーケストラでソリストとして演奏を行っている。1995年リリースされたバルトーク集のCDは、アメリカで好評を得る。1998年、一晩ベートーヴェンのピアノコンチェルト3番、4番、また、二晩連続でベートーヴェン、チャイコフスキーのピアノコンチェルトを演奏し、またその間、リスト音楽院の大ホールでリサイタルを行う等、エネルギッシュな活動を行っている。1999年3月から2003年3月まで韓国のYeungnam Universityのピアノ科客員教授として就任。

2000年2月、東京オペラシティコンサートホールと沖縄市民会館大ホールにおいてソロリサイタル『癒しの原点』を行い、好評を博す。同月、横浜にてCIALミレニアムコンサート2000、に客演奏者として出演。8月に行われた、サマーセミナーin湘南国際村の特別講師として来日。同年12月、東京、浜離宮朝日ホールにおいて、ジュラ・キシュ&後藤宏一ダブルリサイタル『ロマンティックな夕べ』を行う。2000年、フンガロトン社より『Beethoven-LisztSymphonies Nos1-9 Piano Version』がリリースされ、ベートーヴェン作曲リスト編曲、交響曲5番、7番を演奏している。2002年、同社より、3枚組CD『FIFTY YEARS OF HUNNGAROTON』がリリースされ、シフラ、アニー・フィッシャーを筆頭に、Disk2でリストの「忘れられたワルツ」を演奏している。(他にも、アンドラーシュ・シフ、ゾルターン・コチシュ、ディジュー・ラーンキ、イエネ・ヤンドー等が収録されている。)

2010年4月、第1回ジュラ・キシュ国際ピアノコンクール審査委員長、2011年4月、第2回ジュラ・キシュ国際ピアノコンクール審査委員長を務める。

リスト音楽院での師はパール・カドシャ、イタリア給費留学時代の師はニキタ・マガロフである。現在、ハンガリーのエル・ベルジェニ大学、韓国のYeungnam Universityピアノ科主任兼客員教授である。ヨーロッパ各地のセミナー、国際コンクールの審査委員などを務める一方、演奏活動も精力的に行なっている。



人には、天使と悪魔の両面がある。もちろん、その両極端のバランスをコントロールする事が、

人生でもピアノ演奏でも重要だよね…。

ただピアノに関しての悪魔的場面では、自分の悪魔的なものに気づき、天使的場面では、

自分のそれに気付く必要がある。ピアノ演奏の多面的進歩を望むなら、先ほどの両極端な意見に

加えて、自分の弱さ、強さを理解し、自分の紡ぎ出す音の流れに耳を澄ます事。

まずは自分自身の事を解かろうとしなければならないんだよね…。


ジュラ・キシュ談